Modeling note ヨシムラスズキGS1000R鈴鹿8耐1980
最終回 完成編
3月18日更新
GS1000Rのエンジンつくりから、大型マシンのフルスクラッチはいろんな難しい工作を強いられる事は予測がつきました。最も集中しなくてはいけない時期に入院治療で工作を中断したりして、HP更新もランダムに、今回はとてもまとまりの無い参考になり難い製作記になってしまいました。さらに当初、自分の頭のなかで描いていた完成想定と、自分の工作技術のギャップから到底届きそうもないことも認識させられました。
ヨシムラにスズキ本社から供給されたマシンは(XR69コードネーム)と呼ばれるそうですが、コース上に試走できるまでには、あらゆる試みがなされその時々のマシンの形状の変化は断片的にヨシムラGS1000Rの検証資料として存在しているもので、言い換えれば全て事実で正しいといえるのではないでしょうか。最終形はアサカワスピードに完全レストアされて保管されている貴重な1台です。モデラー?の私として当時取得した若干の資料や聞き伝えによって、現存の1000Rとはほんの少し違った状態でまとめる結果となりました。
実際は2本白線入りのカウリング装備まで挑戦しましたが、私の技術不足から初期のタイプに戻しカウルレス、栄光の12の車番も現在未工作となっています。
残っていた塗装が何とか終わりました。
タンク、シート、フエンダーの塗装に入りました
久し振りにラインを入れるためにマスキングをして
手順を考えながら・・・下地の白塗装がきわめて重要と
痛感しました。
下の写真は塗り終えて付属部品を取り付けた状態です。
タンク、シートを架装すると見えなくなる部分をまとめました。
車体中心部にダイナモやレギュレーターとブレーカー類が集中しています。それらしくすれば煩雑な感じですが、省略すると間延びしてしまうので、大方のところで妥協しています。多分、形状サイズで誤りがあると思っています。
クローズアップレンズ2・3倍を併用していますが、かえって出来の悪い部分ばかりが強調されているようです。
後輪チエーン
あとで出てきますが、結果としてプロターのプラ製を転用しました。このチエーンは1:8相当で大きすぎると不評を買っていました。当然、モリーニ250では異様にアンバランスでした。
今回は素材自体を薄くして形を壊さない程度まで幅を詰めて仕上げました。後輪スプロケットの刃の部分を残し新たGS1000の形状を作り貼り合せています。
結果、まだ少し大きいかなと思いますが、1リッター150HPマシンと考えると妥当なサイズかも知れません。
排気管まわり
リヤサスのリザーバータンクがピンボケになっています。面白味の無い排気管だけやたら鮮明に映っていて、大事なリヤブレーキが隠れてしまいました。
ステアリングヘッド
苦心して何度も挑戦した削りだし1枚のアッパープレートの表現はやはり不可能でした。
このような工作は2度とないと思いますが、少し悔いを残しています。
すべて完成とならなかった失敗部分です。(出来なかった理由かも知れません)
喜び勇んだダンロップデカル、経年変化でバラバラに。
同じくスズキの白文字は新品なのですが水に漬けたらひびだらけで、つぎはぎの補修で大変な作業でした。
もうこの段階でへ込んで、テールライト紛失、再工作したら工具箱から出てきてチグハグの連続です。C社のチエーンもここまで組んだのですがとうとう降参でした。
カウルスクリーン用にまたもや、PCのマウスを探してきて用意しているのですが・・・・・
・・・という事で残念ながらこれ以降は第3期工事にして提供戴いたデカルは大事に保管しておきます。
完成写真 (写真サイズを少し大きくしています)
右側面
カウルレスの状態なので、
車番12やスポンサーデカルなどは未装着にしました。
右前方から
資料写真では最も多いアングルですが、やはり80年代の耐久レーサーの定番デザインを感じます。
右後方
左側面
左前方
左後方
左上面
右上面
クローズアップ写真 (このアングルが一番好きだったので)
シート部分右側
シートカウルも何種類か形状の異なるものがあるようです。
ライダーごとに変えていたのか
未確認ですから断定できませんが・・・・
シートクッションもグレイラバーをペタンと貼ったもの、合皮製で2分割したもの、やや広めの一体製のものなど、今回全体バランスから一体式を設定しました。
カウル固定は座付きボルトが使用されていますが、金属ボルトを使用したため鍔つくりを追加しましたが意外に手間取りました。
工作途中に床に落ちてそれを探す時間も含まれていますが。
シート部分左側
前の写真でチエーンのことを書いていますが、真横から見ると
ほぼスケールとしてより、見た目ジャストサイズです。
プロタージャパンの岡部社長に大きいチエーンと嫌味ばかり言っていましたが加工次第で収まるものだと理解しました。
岡部社長、昔の事ですが「ごめんなさい」謝らなくてはいけません。
フロント周辺
前輪ホイルはC社のダイマグ。
前後輪あわせるとかなりの重量となります。しかし質感は良く表現されていています。
シャフトは2mmパイプにタップを切り貫通させています。
ヨシムラ手曲げマフラーをなぞって手で曲げましたが(当然)プラの熱処理加工に慣れたかも知れません。それなりに出来上がりました。
ミッションケース周辺
カムシャト後方側に飛び出しているのはカウル取り付けの金具です。
ガソリンタンク受けのゴム座は
紙を巻いています。
ビニールチューブを開いて挟み込みをしたり色んなことをしていましたが両面テープと併用で作業も簡単に短時間で終わります。
ガソリンタンク上面
落下式給油キャップはアルミ板から。
8本のマイナスネジでトップフラットにしています。
手動キャップの爪は動きません。
クイック給油のキャップには、
読めないほど小さい文字があります。
とりあえず1:72ヒコーキのデカルで
文字数の見合ったものを
貼り付けています。
テールエンド部分
消音器の材質感は何とか表現できました。
ここで始めて後輪ベンチレーテッドデイスクの
工作が見えました。(ただそれだけのためにこんなに大きく拡大したのかも?)
タイヤにスリックを使っているのも丸見えになりました。
写真撮影について
2GBのCFを使いましたので、昔のようにあと何枚だとか、また電源も外部電源を利用し電池残量の
心配も無く沢山撮影しました。
その中で何故かこの写真が一番きれいに
自然に撮れたようです。(下手の鉄砲数打てば当たるでしょうか。今までの写真撮りは銀鉛フイルムの感覚でのぞんでいたようです)
撮影条件は、昼間、屋外うす曇、ベランダ屋根の下、
絞り12、シャッターS100、オートフォーカスで、
5Mサイズです。
2002年2月、当時のプロタージャパンのホームページに最初の製作記事を掲載させていただきました。
そのなかで岡部社長から問われて「レーシングモーターサイクルに惹かれて」という拙文を書いていました。
今回の製作にあたり別冊MC誌の記事、アサカワスピードの淺川社長ののコメントを読み返していく中で、
80年ヨシムラ優勝の翌年にPOPヨシムラと交わした優勝マシンの秘話と究極のマシンつくりの話題が偶然ありました。
あれから30年近く経過しているのにあるべき事を成し遂げた人の言葉の偉大さを改めて知りました。
参考までに、拙文の中の一部をご紹介します(前後文章割愛、原文のまま)
・・・・・・・・作る人と走る人から直接こんな話を聞いた事があります。レーシングマシンのチューナーとして世界的に有名なPOP吉村氏は、鈴鹿8時間耐久レース優勝のあと「柴田さん、私の車つくりの目標はね、8時間走りきったマシンがフイニッシュラインを超えた瞬間、音も無くバラバラと崩れ落ちる。目的のために余りを残さず全てを出し切って終わる。これが理想ですよ。」・・・・・・・・・・・同じく優勝マシンをライディングしたGクロスビーは「耐久レースの走りは、スプリントレースのラップタイムで、昼のタイムと夜のタイム差が1秒以内で走れる事だ。しかもそれが無理をしなくても、自然に毎周回そうなるように」このコメントはロードレースのなかでも最も過酷な耐久レースの頂点を極めた人たちだから言える話だと思います。・・・・・・
あとがき
長期間にわたり閲覧有難うございました。当初考えていた1000R鈴鹿耐久レーサーと少し違った結果になりました。
元々ヨシムラのマシンのもつ荒々しさが消えて、むしろ端正な雰囲気が見えるような感じになりました。
多分、タンクやシートカウルの曲面がほんの少し微妙な狂いがあるのでしょう。素材から整形、下塗り、
そして修正の繰り返しとで、少しづつ変わる平面から3次曲面の設定の難しさを痛感しました
また最近は小排気量マシンの製作が続いていたので、リッターマシンの大柄に圧倒され何度も縮尺を
誤っていないかと「ノギス」が手放せない状態でした。
次回製作の予定は少し遊び心のあるものにして、もっと短期間で完成させるようにしたいと思っています。
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