TEA ROOM     模型と仲間と何十年?(その2)           31回 2011・10・18
前回、お伝えした花の写真は酷評を受けました。
「静物で花だからもっとちゃんとした撮り方あるでしょう」

ウォーキングコースで珍しく出会えた少し太めの雉猫君です。
この遊歩道は通行者の半数が愛犬家の皆さんでワンちゃんの散歩に利用され、小さな犬でも大きな顔をして威張ってます。そんなドッグ軍団に恐れをなしたのか、朝の時間は猫君は見かける事はありません。体重推定約5kgくらいで、堂々と立ち止まり酒やけしたようなドラ声で「ニャー」と一声ありましたが、ご挨拶と受け止めておきました。ぜひ再会したいのですが出会えません。

 30年以上も続いてきた「金曜会」もひとつの節目みたいなものがやってきました。企業組織では
普通、新しい人材を導入し活性化を図り将来に向けて発展するように努力をするのですが、趣味の団体にそこまでの意識をもって運営はできませんでした。それでなくても少しうるさい同好会でお金もかかるらしいと模型好きな若者からは若干敬遠されていたのでしょう。
ベテランの好き勝手な運営から若手を会長に据えて、新しい考えでと再浮揚に向けて頑張りました。
しかし、時代の流れ、そんな通俗的なことではないのでしょうが、メンバーを取り巻く環境の変化が大きく、仕事、家庭、年令、健康などすべてがプラモ趣味を押し流していくようでした。
例会の主要議題も課題作品を決定するより、むしろ「金曜会」の存続が中心になりました。心情的には継続だと思うのですが、発足時の目的「一緒にプラモ作って自慢しあう」これは現実的に無理な状態ですから解散も止む得ないの結論になりました。世間ではもうプラモつくりはお宅扱いの筆頭に挙げられていました。自分の娘ですら模型趣味の人とは結婚しないと暴言を吐いてました。
娘の結婚問題と金曜会の解散問題、全く関係のない事です。話をもどしますと、作品を作り続けている僅かのメンバーは現役組として製作活動を、もう作らない派積んどく組は製作以外の場面で交流を続け年間1回全員集合することでまとまりました。不思議なことにこの二つに分けられた「組」に入った人たちは、一人の故人を除いて最高齢者84歳を筆頭に今でも「金曜会」のメンバー活動をしています。現役組が作品展を開催すれば昔と同じように全員で応援を、積んどく組が旅行や見学会に出かければ現役組も同行したり、私は現役組と両方掛け持ちで格好つけています。その上現役組を組長役で取り仕切っていますが・・・・・・・・福岡市内の現役組は私を含めて4人です。・・・・・・・・「金曜会」が解散して15年くらい経過したと思います。現役組ではクラブ運営に懲りて、若手の誰かが月一回「スケジュールはどうですか、晩飯やりましょう」と場所まで確保してくれて、その場を例会の替わりとして進めています。 
会場も焼き鳥屋で,レストランで、MACの2階で、スイーツの店、寿司屋など、よく考えると飲み食い中心の設定ですね。もちろんメンバーの自宅に集合することが多いのですが。
しかし異常だと思います。焼き鳥屋の煙の中で主翼のリベット間隔を議論するなど変ですね。ついでの変は作らない派のメンバーです。未だに新しいキットを買い続けていることです。30年前の話、買って積んどく楽しみを実践しています。その志の凄さに感心します。



現役組が作品展を開催
メンバー全員で毎日お手伝い
受付に集中しています




来場されたお客さんに熱心に
説明のお手伝いをしています





現役組が再度の作品展開催
メンバー全員で支援盛り上げる






 モデリングノート28回のなかでちょっとだけ触れましたが、模型仲間の友人としての励まし言葉で「最近手が荒れて来てるのじゃないですか。製作ピッチが速すぎますよ」と書きましたが、実はこの友人たちが作る派すなわち現役組のとんでもない仲間なんです。
現役組の一人、A君は「金曜会」発足当時はまだ高校生でした。会則では入会できないがこれだけ熱心に入会希望しているのだから準会員の扱いで入会を認めました。勿論例会参加だけで発言なしという制約付きで、そのA君も大学に進学してやっと正会員の資格ができて会合での発言権も得ることができました。 高校生だったA君、何年か遅れて入会したY君、そしてM君、年令もほぼ皆同じで40年以上の仲間です。(揃って62歳かな)会の中では年長組だった私は若手にとって大変な先輩であったのでしょう。「模型趣味を愛好する会より、どちらかと言えば○○○の組みたい」とそんな言葉もあったようです。私は若手のメンバーは手下と呼び、自分の気にいらないことが起きると「明日から通行人Aに格下げ」とか言っていました。これはいけませんね。遅すぎる反省です。
記憶をたどりますとその頃邦画で「仁義なき戦い」が大ヒットして、広島弁で菅原文太の物真似が流行っていたのを思い出します。話題の映画だったので一作だけ観ましたが、そのテロップに役名の無い通行人ABの役者さんが大勢いました。多分その影響でしょう。

 最近、工作に躊躇する場面がしばしばあります。私も十分に年令も重ねてきたのにどうして、こんなに考え込むんでいるのはの何だろうかと思いを巡らしてみました。
やっと原因らしきものに辿りつけました。自分の元手下どもから苛めら言葉がトラウマになっているような気がします。これが新しい作品に取り組む時点で心の障害にもなっているのではないでしょうか。
ホームページ上は標準語で紹介してますから、とても労りの気持ちいっぱいの文言ですが、これが博多弁になると「何、これは可笑しいバイ、下手くそになっとりますバイ。模型はレースじゃなかとですよ、速く作ればいいというもんじゃない、あわてて塗るけんたい、よく見たらムラがでとるやん、こんないい加減な仕事をする人やった?」これが事実を再現した厳しい言葉の実録です。



 この3人組、集中砲火で私に対して考えられない言葉を投げかけて来ています。
あるいはそれ当然かも知れません。永い間、彼らの作品を見ては殆ど良い評価をせずに、粗を探し出して講釈ばかり言っていました。彼ら3人組の毒舌をやや過剰に表現すると、まるでゲームのなかに登場する魔王のセリフです。これじゃオールドモデラー1人では「復活の剣」でもない限り太刀打ちできません。
「苦節40年積年の恨みを今こそ言う。あの時、この時、どんな酷い仕打ちを受けたか、まさか忘れてはいまい」と3人組が切りかかる。
「何、恩を仇で返すとは手前らのことだ」とやり返す。
「黙れ年寄り、恩など受けた事ないわ」と言いながらもやや言葉に詰まる。
「なぬ、年寄が年寄と言うな、八捨二入したら一緒だ」と屁理屈で返す。
「いつまでも口だけは達者なじじいだ」3人組のトーンが少し落ちてくる。
「口だけではない。お前たちが絶対超えられない事がある、畏敬の念を持て」弱いとこ見つけた。
「いったいそれは何だ言ってみろ」反撃のキッカケをつかんだと思っている。
「確かに技術では前から負けている。しかし永久に追い越せないのは年令だ」ざまーみろ。
「何を馬鹿なことを言ってるの、あなたもう模型辞めるしかない降りてくれ」しかしこれ正論かも。
「目が悪くなったと言い訳して逃げる。資格なしだ」「政権交代だ」意味不明の賛同。
「俺は管だ、そう簡単に模型やめるか。」効果ゼロの反撃をする。
 「もう、手下通行人呼ばわりは止めるよ、若頭なんかどうだろう」もう3人組聞いていない。
 「巨人軍は永遠に不滅だ」全く無意味な逃げ口上です。
「この人少し前から変だったけど、本当に可笑しくなったんじゃない。ところでエァフイックス1:24モスキートが入荷しているよ、外箱もめちゃ大きいね」・・・「多分、今の工作台では作れんやろ」・・
突然普通の会話に戻ります。私に負けないくらい変な組員たちを抑え込むは大変ですね。と言いながらも皆でご飯食べたり、酒飲んだり、女子みたいにお茶したり始終集まって魚雷の話から政治経済まで延々と何時間も議論をしています。「久ぶりに作品展でも開催しましょうか、何か目標を持たないと気合いが入りません。本気で取り組みましょう組長」・・・・・こんな調子で、これからもずっと続くでしょう元「金曜会」の仲間達の交流、こうしてみるとプラモ趣味も捨てたものではありません。
毎年お伝えしている佐賀県に転居してクラブ活動をしているF君の作品展に今年も見学に行ってきました。ほぼメンバー全員が元気な姿を見せてくれました。少し不謹慎ですが帰りのバスでビールを一杯、誰かが「素晴らしき哉人生」と大笑いしていました。



元金曜会のメンバーF君が開催した
今年の佐賀作品展




飛行機、艦船、AFV中心の中で
F1が展示されていました。







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