MODELING NOTE  File 31
 
 Manx Norton 1960  production racer ともう1台のノートン  連載回数未定       フルスクラッチ
ノートンのエンジン

1927年、W・ムーアが開発した79X100mmのロングストロークエンジンは、ロードレースの聖地マン島での勝利を目的にあくなき挑戦を続けてきました。しかしムーアがNSUに移籍したあと、代わりに抜擢されたA・キャロルは第2世代のSOHCエンジンを開発して1931年マン島で500・350cc両クラスで席巻し、ノートンにマンクスの冠をかぶせるまでに成功しました。
英国車フアンならずとも誰もが知っているノートンは垂直単気筒DOHCエンジンに進化し、市販レーサーとしてまたGPライダーの登竜門として、生産終了の1968年までロードレース界に大きく貢献をしながら影響力を与えてきました。二輪ファンが、マンクス500をアプローチすればこのような切り口なのですが、この素性の良いエンジンは別の世界でも地道に活躍を続けていました。
CooperとFormula 3

ロンドン郊外南西部に位置する人口6万程の町、サービトンで1946年7月創業者(製作者がピッタリかも)C・クーパーの小さなガレージで、フィアット・トリポリーノ500用のフレームを活用して、当時もっともオートバイエンジンとしては強力と定評のあったJAP500(497cc)を搭載45hp/6000rpm空車重量250kgのF3フォミュラーカーを完成させました。
日本の71年代のFーJクラスに匹敵する重量/出力比の高性能が圧倒的な速さを発揮して大きな反響を呼びました。(創業者のC・クーパー第1次大戦終了後、軍放出のモーターサイクルを手掛けながら資金を蓄えやがて、ユーエルロードに”クーパーガレージ”を創業しました。左写真)
この性能に対する反響は大きく、クーパーのもとには500ccのマシンに注文が殺到しました。1947年C・クーパー、ジョン・クーパー父子はついにクーパーカーズ社を設立、同時に第一期市販車12台ロットのの設計製作に取り掛かりました。クーパー500Mk2の登場で、シルバーストーンで開催された第1回イギリスGPのプログラムに500ccが加えられ、MAC他のライバルを抑えて1〜4位を独占する結果になりました
この後、クーパー父子がレース界で確固たる地位を占めたのは、彼らが最初のクーパー500の完成後、きわめて組織的にレース活動をすすめ、当時としては異例の台数にのぼるシリーズ生産車をレース界に供給するとともに、彼ら自身が500ccレースの面白味に全身を魅了され、ひたすらのめり込んでいったことが原因だろうといわれています。しかしクーパー父子は確かに営利目的として新しい事業を展開した事に間違いはありません。だが商品を売ることによって500ccレースを楽しむ同好の人たちとライバルのガレージメーカーをたくさん生み出し大戦後のレース復興に貢献したことも大きな役割でした。クーパー500愛用者から、S・モス、P・コリンズ、A・ビュエブ、S・ルイス、H・シェルなど著名な第一級ドライバーが巣立っています。残念ながらF3は1958年に幕を閉じました。主因はクーパーをしのぐマシンがなく、ほぼクーパーがレースを独占する状態が多くなったためです。

クーパーが最初に使用していた中古バス改造のトランスポーター
 1月28日  工作の前に 第5回
製作予定マシン
COOPER Mk9 F3 1955年型

この写真が最終完成目標です。到底越えることができないハードルを掲げてみました。TAMIYA1:12F−1も随分挑戦してみましたが全て80%どまりで挫折して完成したことはありません。
作品の巧拙は別としてプラ素材中心で1:9スケールにフルスクラッチで挑戦するという無謀な意気込みだけです。
下の写真は準備しているたくさんの資料の一部を抜粋しました。平面図だけでも相当な枚数になり毎日早起きして方眼紙に手書きしています。前にCADを勉強したらと勧められていたのに・・・・その機会を逃しています




マシン解説は1976年二玄社刊行世界の自動車・小林彰太郎著者の一部から引用させていただきました。
    

   最初の課題


今回資料を検討しながら図面に落とす作業で分かった事は、これができないとノートン2台目以前の問題だと気付きました。
それは今から順次工作過程をご紹介していきますが足回り、すなわち鋳造マグホイルの製作です。
ともかくこんな工作は初めての体験です。二輪レーサーの場合には1:9で前後輪2個作ってタイヤくっ付ければ終わりなのですが、何しろ切り抜き工作のような事を4個も・・・・ともかくやってみようからでした。
ホイルつくり(1)

1:9スケールで15”径のタイヤを4個揃えること。さらにポッテリした50年代のレーシングタイヤ。ブランド?もうそんな事を言ってる状況ではなくなりました。
ジャンクを探し、仲間達にも適当なものをとお願いしたりして結局、1:12バイク大排気量車のタイヤとホイルでマッチするものが見つかりました。
スリックタイヤは勿論除外して縦のパターンが強調されたものに限定。
さらに旋盤でトレッドの丸み部分を慎重に削り落として整形しました。
現在水洗い中で、塗装が済んだらホイル完成品として組み上げます。
それでやっとホイルの基本に取りかかる、この手順が良いのか分かりません考えた結果、面倒ですが手堅い方法でのぞみました。
素材は1・5mm厚プラ板です。開口部分を正確に開けるため05mmで型紙をつくりカルクで位置きめカッターで軽く切り込みをいれていきます。写真は2枚ですが全部で4個の作業です。
ホイルつくり(2)

1・5mm厚のプラ板の場合工作ナイフだけでは切り出しは少し無理でした。結局開口部分の四隅に08mmの穴を開けて曲線定規を使って慎重に切り取りました。極細のヤスリを使って整形します。
ホイルつくり(3)

ホイルセンター部分の工作は、2mm厚のプラ板を予め円錐形に加工しておき、それぞれホイルプレートの中心に重ねます。真上から見ると全て均一に見ますが側面から見て、キチンと富士型になるように入念に修正をしておきます。それは次のリブ組み付け作業のとき手直しが面倒になります。

写真下(左)センター部分に縦リブを埋め込みます。ホイルセンターに段付きがあります。05mm素材の場合OLFAの450カッターの掘り込み幅で一致します。リブは当然段付きを32枚準備します。埋め込みは面倒ですが接着剤で載せるだけの工作から見ると全く強度が倍加します。これはあとの作業を容易にしてくれます。
写真下(中央)ポイントはセンターに車軸を先につけておきます。
リブを垂直に接着させるためです。
写真下(右)リブを付け終わった段階です。ホイルは2個用意して交代で1本づつ貼り付けると接着剤の半乾きでリブの固定がしやすいでしょう。高さも長さも粗作業のまま完全乾燥を待ちます。
ホイルつくり(4)

今までの工作は前輪用ホイルです。全く同じ要領で後輪ホイルのベース部分の作業します。後輪ホイルはセンターシャフトにクーパーのマークが入る落しこみの穴があります。したがって後輪用の車軸にはパイプを使います。
また、ホイル取り付けが外付けボルトになります(鉛筆のマーク部分)さらにボルト穴にも補強材が窄入され1・5mm角のナットでブレーキハブに取り付けられます。
ここではリブの整形と補強材の埋め込み工作併せて行います。

写真下(右)
リムに相当する部品(1:12から取り出したタイヤのリムだけ)を組み付け、
1000番サフを軽くかけてリブの隙間埋めなど点検をしています。
ホイルつくり(5)(おことわりと訂正)

これは後輪用のセンターハブです。この記述は私の誤りです。正しくは前輪用のブレーキハブの一部です。放熱フインがあってセンター部品のボルトの間には軽め孔が空けられています。現在パーツは修正加工を施しています。次回タイヤ完成品であらためてご紹介します。

これからの展開は
課題1のホイルの見通しはつきましたが未知の工作の連続で少し時間がかかる工作となりそうです。次回は完成したタイヤやエンジンを搭載するフレームくらいまで進めたいと思います。風邪が流行っているようです。ご健康にご留意ください。

                                               柴田一彌


 2月9日    ともかく出来る事から 第6回
ホイルの追加工作

前回のホイルつくり(5)で記述ミスをしました。その訂正写真です。
左側が後輪用のセンターハブです。
右写真が正しい前輪用のセンターになります。

前後輪の裏側と塗装完成後の写真をそれぞれ撮っています。
ホイル表面は黒色が一番多く、無地も多くあります。今回はCOOPERが指定色のように採用していたイエロー気味のベージュ(アイスクリームのバニラ色)にしました。
前輪完成品

車軸中心のキャップ部分に細かいCOOPERの丸いロゴがあります。スロット全盛時の童友社のデカルがありましたが、水につけたら溶けてなくなりました。考えると50年くらい経過しています。
後輪完成品

後輪はメッキボルトでセンターハブに組み付けられています。
チエーンケース

一次駆動側のチエーンケース。車体の真下からの資料がないので下側が若干不明です。左が最初の作ったものですが。サイズミスで右のように再製作をしました。
搭載エンジン

すでにお伝えしている残りのマンクスエンジンです。二輪に積み込む場合エンジン上部が殆ど見えません。今回の場合全て視点が作品の上部になり、特にヘッド部分は丸見えになります。エンジン懸架ホルダーを作るた際に、取り外してヘッド周りのオイル銅配管などを少し手を入れています。

懸架ホルダーは一見簡単、実はフレームと合わせた時にかなりの正確さが必要でした。
ラグの量産

卵形のラグです。前後輪のアッパー、ロアーアームなどフレームと接続する足回りにはすべてこの形状のラグが使われています。フレームが通る穴3mm厚さ1・2mm全部で14枚必要になります。サンプル2枚から12枚重ねて3mmビスで挟んでルーターで粗削りをしてから1枚ずつ整形しました。ルーティンな作業、意外に時間がかかります。
後輪ブラケット

左のように基本の形をつくり、ロアーアームの軸部分、ショックアブソバーの取り付け部分、更に板ばねの軸受けなどを追加して右写真のようになります。ここまで殆どプラ素材の使用を考えてきましたがロアーアームは金属を使わないとき強度、見た目サイズのバランスがとれそうありません。とりあえず真鍮線で材料が揃ってから入れ替えます。
ユニバーサルジョイント

時代なのでしょうか少し大ぶりな部品がブラケット軸出口に使われています。
ここでドライブシャフトの径ですが一応2mmステンロッドを用意しましたが、実車換算18mmで約1・5mm細い感じがします。3mmを旋盤細くおでと挑戦しましたが私の技術ではそれこそ刃が立ちませんでした。

このあたり一つの壁に向き合うと、自動車はあまり好き出はないことに自覚します。どちらかと云えば怖い乗り物で、高速道路でさえ四輪車で110km以上で走ったことはありません。そんなことで自動車に対しての知識はきわめて乏しくこれからも間違いだらけの記述が掲載されるでしょう。お気づきの点は是非ご指摘下さい。
フレーム(エンジン搭載後部?)

サブフレームをベースともかくフレームの骨格部分を組みました。常識的にフレーム後ろだけとかあり得ないと思います。
素材は3mmプラロッドと2mmの組み合わせです。実物の展開はトップまでパイプは全て貫通しています。左端に08mmの洋白線が埋め込まれていますが、これがコックピットやノーズ部分のフレームをつなぐ場所です。1:9スケールはやはり大きい事、ボデイが全く準備されていないなど、工作の容易さだけで進めています。一部実車にないチャンネルもあります。プラ材の弱さから変形防止のためです。エンジンやミッションケースを積み込んだ後で外すつもりです。
ミッションとオイルケース

いずれも素材段階です。
変速機の後が駆動シャフトの部分、見えてる左側でチエーン駆動、反対の右側にディスクブレーキが付けられています。さらに上面の白い突起部分でリーフスプリングを支えている、そんな構造です。
オイルタンクは容量計算をしました。マンクスと全く同じでした。よく考えると当然かも知れません。
ショックアブソーバ

四輪モデルは大変です。幸い同仕様が4個でしたから、まとめて工作準備です。しかもコイルがありませんから。
左端が未塗装の完成品です。素材はカバーが5mmプラ材、インナーチューブが3・8mmアルミパイプ、取り付け芯材3mmプラロッド、上部ふた部分05mmプラ板です。

工作ヒントですが。
アブソバーの取り付け部分は3mm径のロッドを1mmずつ削り込んで平らにして取り付け孔1・2mmを開けています。やはりその部分が非常にもろい構造です。0・5mmのプラ板から直径3mmの円盤をつくり両方から貼り合わせて補強、そのあとで取り付け穴を開けます。3mmロッドから切り出して貼ったのは殆ど効果がありません。
後輪リーフスプリング

実車も3枚構成でできていますがモデル工作の場合、使用素材に限定が出ます。さらに構造上ホイルキャリパーの負荷が1枚のプラ板で受けることになります。075mm3枚組み上げて非可動で固定すればと考えています。


慣れない四輪車難しいですね。途中何も進まない日がありました。しかしもう6回続けましたから投げ出す訳にもいきません。そろそろボデイ素材も考えないといけません。
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