MODELING NOTE  File 31
 
 Manx Norton 1960  production racer ともう1台のノートン  連載回数未定       プロターキットフルスクラッチの2点
今年もよろしくお願い申し上げます。
2012 辰年

朝のウォーキングコースシリーズのスナップが続いています。
丁度、中間点にある小さな石庭です。石畳みのなかに大きな庭石を無作為に配置していますが、新しい感覚なのでしょうか、庭としてとらえず腰をちょっと降ろして休む場所だと認識しています。

マンクスの改修が予想以上に遅れて前進できません。理由はプラ素材の経年変化です。考えられない部分でクラックが入ったり、折損が出てきます。こんな事なら手を出すのでは・・・・・新しくキットを組み立てるのが早かった・・・・・そんな気分です。
軽いノリでスタートしましたが、本当のところ相当焦っています。
 1月8日    三歩前進二歩後退 第3回
パーツの洗浄

第2回までで補修でいた部品、再塗装の必要なものを、まとめて中性洗剤を使ってぬるま湯で洗いました。歯ブラシを使って丁寧な作業でのぞんだのですが、部品のダメージや折損を倍加させて思ったようにはうまくできませんでした。
(小物は別の容器で漬け洗いに)意気込んでいただけにいきなり気が折れました。
フェールタンクマーク

当初製作時にデカルの処理をしていなかったので、水洗いが終わったをときはオーバーコートで何とかなると思っていましたが、結果カルトグラフも水分を吸収してラインに皺が発生。こうなると糊部分がもうだめでデカル全体が浮き上がってきます。
昔定着しにくいデカルは蒸しタオルを当てたりドライヤーで密着を試みていました。何とか収まってと思って軽くクリアーを吹きますとキチンと皺だらけにに擬縮していました。結論塗装を剥がすことになりました。これで4日間は遅れるとスタートから落ち込んでいます。
丈夫な部品がポッキンと

ドライブ側のチエーンカバーです別段の加工もしてないのに裏に薄いクラックが、いやな予感とともにポッキリ。参りました。
L地構造で丈夫な部品のはずなのですが・・・・・・前回組立時に若干不付き合いのまま押し込んでいたのでしょう。

プラ素材の完成品はコンディションをうまく保ててれば30年は持つでしょう途中で改修など手直し挑戦は10年が限界かも知れません。皆さん箪笥の中に貴重品でしまっていても駄目になる可能性がありますよ。どんどん作って新しい発見をして夢を広げられるのが得策のようです。なお未開封のキットの目安はプラ接着剤が付かなくなったら駄目のようです。
それでもしぶとく塗装再生

解体前はいとも簡単に思えた個々の部品も傷があったり退色して再塗装の必要がたくさん出てきました。古い塗装は簡単に剝がれません。シンナーどぶ漬けと言うわけにもいかずサンドペーパーとの併用で慎重な作業を要求されます。マスキング作業も加わり計画していた作業とは大きく様変わりしました。
新たにキットを組み上げる以上の労力と時間、本当に参りました。
今回は都合で1次塗装と称して基本塗装を1日でまとめました。これから塗料の乾燥具合により順次部品を組みブロックごとのまとめに入ります。
途中で構造変更

キットのリヤサスペンションはスプリング内臓の可動式で設計されています。そのために若干構造が異なっています。一例ですが、スプリングなしでスケール的にまとめました。使った部品はアーム金具、フレーム金具とスプリングカバーだけです。


3.8mmロッド6mmアルミパイプを使っています。
左側写真が完成したリヤサス。
前輪と後輪

タイヤの修正、再塗装も終わったところでブロック組みをしています。キットではプラロッドのシャフトが組み付けられていますが、当然退化してポッキリ折れています。2mm洋白線にタップを切りシャフトは前後とも交換しています。あとはFブレーキレバーの修正とリンケージを06mmの洋白線に取り換えてシャープな感じを狙っています。
アルミリムはやはり優れもの水洗いの後、乾いた布で拭きあげただけできれいに復活しました。
クリヤースクリーンが見えない?

前回準備した接着剤の透明ケースを利用したスクリーンを取り付けました。薄くて透明度が高くよく見えません。
ゼッケンプレートは朱色です。500ccクラスはマン島TTでは60~62年にかぎり使用されていたようです。文献もないのですが写真資料や博物館での撮影には記録されています。
詳細ご存じの方がいらっしゃればご教示ください。誤りの場合すぐに修正をいたします。
エンジンブロック

写真でみる限り労力をかけた割にあまり変わり映えしないように見ます。
バルブスプリングをはじめ、たくさんの改造箇所があるのですが目立ちません。最近のキットの水準では当然だろうというラインまで引き上げた基本工作が中心だからでしょう。
、Fフォークとハンドル


シート、500番サフ吹きしてざらつき感を出しましたが、見た目若干厚ぼったいでしょうか。気になっている部分です。
組み付けの開始

ここまでとりつけ可能部品を架装しています。
オイルタンク、ガスタンクでトラブル、現在再塗装中です。ほぼ完成寸前なのですが乾燥まで若干時間がかかります。



次回は改修完了写真ともう1台のノートンの概要に移りたいと思っています。サイドカーと思われる方が多いと思いますが違います。シーリノートンでもありません。「何、これ」多分そんなお叱りの声になるかも知れません。  
                                 柴田一彌


 1月17日   改修マンクスの組立 第4回
 修復完了写真
お恥ずかしい工作

やっと完成状態にこぎつけました。
あまりにも有名マシンですから閲覧されてる皆さんに失礼と思いまして、つまらない解説は省略いたします。前にお伝えしたようにあくまで、もう1台のノートンが課題作品ですが多分ハードルが高過ぎた思いもあります。

左の写真はガスタンクのバンドです。昔薄いアルミ板が入手できなかったので缶ビールを裏返して利用していたのです。よく考えると見えない部分はプリントそのまま、粗い仕事をしてます。
右側面からの写真

予定外の工作は排気管でした。シリンダーまで作って
少し垂れ気味の排気管は困りもので結局4mmロッドでエキゾースト部分を作り替えました。
mm足らずの調整でマシンが生まれ変わるようです。
いつも展示台でとやかく言っていますが、今回はバフ掛けをして使っています。(本当は底板に使う1mm厚の真鍮板が寸法不足と工作時間がなかったから)これからの工作で金属が若干出てきますからその時に作りましょう。
競技プレートの色が少しちぐはぐでしょうか、何でも防寒マフラーの朱色のナントカレッドという色と共通だそうです。しかし予想以上のチョットしたアクセントカラーになり作品のミスをフォーロしてくれています。
左側面からの写真

やはりプロターの古いキットでは雰囲気のある形を出しています。あえて言えばガスタンクの丸みがもう少しあればと思いましたが、4次曲面?の加工は尻込みしました。問題点はクラッチ側、ドライブチエンがキットのままで加工していません。スクラッチ工作の場合最初から計算図面にありますが、キットの場合手を付けるのがとても難しいようです。特に異形ハブですからすぐさま降参して妥協しています。目立つ人と見ない人がいるという意見に、こんな時はすぐさま賛成です。

それからお気づきのように写真の色が少し安定してきました。素人ですから太陽の光が全てと考えていましたが太陽発電でもないのに、写真館は全て室内で人工色で撮影している・・・・夜間撮影に切り替えました。もう少し間接的に明るくすればいいようです。もう少し勉強を続けて、ハード機器の買い替えに走らないようにしたいと思っています。
   クローズアップ写真
エンジン部周辺

今回、シリンダー・ヘッドを組み替えてノートン単気筒らしさを考えていましたのでそこら強調しています。まだ不十分ですが、エンジン周りのフインとキャブ、EX、バルブSP、ダイナモの修正でノートン500の特徴が強調されます。本来はオイル配管にゴム表面のパイプなどを配すればもっとらしくできると思います。いずれにせよフイン交換だけは必須のようです。
タンク留めベルトは軽量孔のあるもの、ないもの両方あります。03mmアルミ板に3mm径のポンチで打ち抜きを挑戦しましたが縁部分が1mmでは強度が持ちませんでした。裏打ち加工して後から剥がす方法もありますが行き詰まって中止しました。
特筆ものはスミスの回転計です。直径7mmにロゴが入っています。静岡のSさんの提供です。

レバー類はC社の鉄レバーをそのまま使っています。



キットの素性

前にもお伝えしたように元々キット自体が良い雰囲気を持っています。50年代のマシンですから作り込みにもある程度限界があります。市場ではまだ店頭にあります。一部修正しないと組み上がらない部分もありますが大体キチンと出来上がります。イタリア車ファンが英国車を勧めておかしな話ですが、キットを作りながらある意味何処かの国以上に頑固さを垣間見ることができます。


上面から見た全体写真
500cc単気筒とはいえかなりの迫力です。60年も前にマウンテンコースを平均時速160km以上を超える記録は只者ではありません。本物の素性も多分素晴らしいものがあるのでしょう。だからもう1台のノートンを挑戦したい!・・・・・


下写真ブレーキまわりのロッド類は洋白6mmに取り換えています。キットは1・1mmもあります。

マンクスが美しく見えるところ

今回は改修再製作なので魅力探しは止めておきたいと思っていましたが、どうも英車だからといって外す訳にもいかずあえてこの写真を取り上げました。しかし50年代初頭にGデュークが日本に持ちんでテストランをしていますが、当時国産の大排気量車にはメグロ、キャブトン、陸王の実用車しかありませんでした。マスコミもこぞってこれぞ大英帝国が作った至高のマシンとはやし立てていました。その先駆者に敬意を表した1枚です。
フエザーベッドフレームに別体ミッションを巧みに載せてリットル100馬力程度の出力で長期間にわたり市販レーサーの世界を席巻し続けたのは地味な基本設計と非凡なライダーの賜物かも知れません。
もう1台のノートン

それはマンクスノートン500ccのエンジンをそのまま搭載したクーパーF3です。
余りもののエンジン1基をベースに、勿論1:9スケールとなります。ある程度資料も集めましたが、知識より工作技術が不足しているように思えてなりません。
まだ若い時代にノートンエンジンF3の存在を知った時から忘れられない小さなフォミュラーカーで2輪のマンクスと一緒並べて置きたい。そんな単純な思い入れからの発想です。
タイトルはこのまま継続して次回から第5回として連載します。
だからといって、これから四輪モデルに転向する意思は全くありません。
                                       柴田一彌
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