OWNER GALLERY   # 23
 BENELLI 250c FOUR 1966 PROTAR kit

この作品は10数年前に製作した2台目のベネリです。先般、同じベネリのシングル1959年を製作するとき収納庫の隅に朽ち果てたように置かれていたものを発見?「これはあまりにも悲惨な光景、シングル工作と併行して補修してみましょう」と発表していた1台です。
最初はタイヤやホイル関連だけ手を入れて終わりたいと思っていましたがブレーキフインの形状云々までを口走っていましたため、少しずつ部品を取り外して補修作業を進めてきました。
250シングルを年内完成と約束しながら、
越年したのはこの1台の補修作業を併行させたからです。一兎を追うもの一兎を得ず」まさにそのとおりでした。いずれにも何か消化不良の思いが残っています。おやじギャグで連発している「ワンストーン・ツーバード」は慎むべきだと痛感しています。BENELLI社の背景や250fourの説明はモデリングノート36でも記述しています。参考にしてください。 ここでは実車の定格仕様の詳細だけを記載しました。
  
 
 2013年1月                                    柴田一彌


実車仕様概要
エンジン ・・・・・・・・・・・・・・・空冷DOHC4気筒 
排気量・・・・・・・・・・・・・・・・・・247cc         
出力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55bhp・/15000rpm
ボア・ストーク・・・・・・・・・・・・44X44・6mm        
キャブレタ・・・・・・・・・・・・・・・デロルト24mmX4     
点火装置・・・・・・・・・・・・・・・・マーキュリー マグネト    
変速機・・・・・・・・・・・・・・・・・・7速          
クラッチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・乾式多版         
サスペンション・・・・・・・・・・・・前後チリアーニ     
ブレーキ・・・・・・・・・・・・・・・・・210mm190mm
重量・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116kg            
最高速度・・・・・・・・・・・・・・・・234・9kmh以上  
   
   
改修前の状態(タイヤがリムを溶かしてカビまで発生、キットは素晴らしい出来なのですが、好き嫌いで放り出していたかも)
  改修後の状態(よほどよく見ないと違いが分からない?出来の悪い作品のクリーンナップ作戦に終わったかも)
改修前と改修後の写真の比較はあまり意味ありませんでした。私としては相当の洗い直しを試みたつもりですが、10数年も経過するとプラ素材はきわめても脆く部品を外すたびにノックが音もなく折れて、その補修の方が時間がかかり、ばっちり綺麗に出来上がる思いは次第に薄れていきました。


下からのアングルですが接写の歪が強調されているようです。
ほぼ水平で後方から

後輪の車軸ナットが2mmをそのまま使ったので大きくて目立ちます。
通常は1・4mm用ナットに2mmのタップをたてて使用しています。

昔のタミヤ1:12に添付されていた細くて長い2mmナットが1:9スケールには最適なんですが市販されていません。
右真横から

実車の写真撮影でも最もポピュラーなアングルです。
まるでツインエンジンのマシンのような、細見を感じさせますよくここまで追い込んできたなと感嘆します。さらに車体重量の軽さにもエンジニア達の執念をも感じさせられます。

ベネリ改修は、作品的には落第点ですが私にとってイタリア中小メーカーのGP参戦のハードルの高さ、そこに挑戦する人の意欲などとても勉強になりました。
マシン前方と後方から

驚くべきスリムさと合わせてエンジン前方の分電盤、15000回転のエンジンにマグネット点火を採用、当時この年代であればすでに電子回路の信頼性も高く設計も容易であったと思うのですが。
いずれにせよ55bhpのパワーは秀逸ものです。
ほぼ真上から
このあたりになると例のようにあまり好ましく思っていなかったマシンに惹かれていきます。
今回残念なのは、シリンダー、ヘッド周りに手が及ばなかった事です。素直な組みやすいキットですからこのまままとめました。このキットは遅く再販されていましたのでまだ入手可能かも知れません。1:9プロターフアンなら見つけたら即ゲットすべきでしょう。
ベネリの悲運?

GP250ccで何としてもウイナーを獲得したいベネリはT・プロヴィニを迎えて雨天のモンツアで65年優勝しましたが、マシン本来の競争力は日本車勢に到底及びませんでした。

66年16バルブエンジンを搭載したマシンで再びプロヴィニは勝ったが、マン島TTでクラッシュ。ベネリはしばらくのシーズン挫折を味あうことになります。
そのあと迎えたケル・キャラザースが、マン島・アルスター・ユーゴースラビアと優勝し苦節10年のベネリにやっと希望をもたらしました。

しかし日本マシンと何とか戦える戦闘力を持ったベネリを待っていたのは、翌年からのカテゴリーの変更であった。250ccは2気筒6速以下に制限され、この素晴らしいイタリアンマシンは一夜にして元レーシングマシンになってしまったのです。
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