Modeling note        file 21
  謹賀新年 2010  

  新年おめでとうございます。   2010 元旦
   
   本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
    早速、正月からイタリア車にもう一度はまってみます。

   MOTOMORINI250 1958年 最初のGPマシンです。



   毎朝続けている朝の4kmのウォーキングコース
    百道浜海岸遊歩道、早朝6時頃の写真です。
MotoMorini 250cc 1958年  GP RACER        
 
 イタリア車が好きだから、プロヴィニが好きだから、モリーニが好きだから、確かな理由もありません。むしろモリーニはロードレーサーとしてそれなりの成功をしていますが、市販量販車の拡張によってイタリアを代表する2輪メーカーになっているかと、問われるとそうでもありません。現在は「ガジバ」の傘下からやっと親族の手で再興されていまあす。何れにして日本国内ではモトモリーニのマシンは1963年日本GPでマJ・レッドマンとの激闘がなければマイナーな存在で終わったかも知れません。また、同じボローニャ生まれのモリーニとその1;9の模型を手にするようなフアンもすくなかったのではないでしょうか。
 1937年にアルフォンソ・モリーニがボローニャで設立、友人のマリオ・マゼッテイと共同で「M・M」のブランド名オートバイ製造を開始しました。1930年代に125cc単気筒マシンがモンツァでいくつかの世界記録を達成していますが、その後は商用車の製造に着手、やがて第2次世界大戦の影響で2輪事業は中断しました。

モトモリーニは1946年に復活しました 
3段変速2サイクル単気筒T125を発表し、47年にはスポーツバーションを、さらに1948年にはアルベッテイがライデイングしてイタリア選手権125クラスチャンピオンに輝きました。そして49年からGP世界選手権にも参加、1952年には念願のイタリアGPで初優勝をして表彰台に上がり続くスペインGPでも連勝します。


125cc2st単気筒マシンよく見るとDKW125、ヤマハYA-1とほぼ同じように見えま すが。
 1953年に発表された175cc4stOHVエンジンを搭載した新しい「グランツーリスモ」はセッテベロ、レブロ、スーパースポーツ、トレセッティその他のバリエーションでイタリア国内に販売されました。これらの175ccマシンを使った国内競技の場では、特に人気の公道レース「GIR’R ITALIA」では好成績をあげてモリーニファンを創りだしたようです。
 1956年、モトモリーニ社はボローニャ、ベルガミ通りに移転し、工場の規模を拡大してさらに新型マシンの開発に乗り出しました。その結果1958年に最初の工場レーサーを、D・ランベトリーニ、N・ビバッティとともにDOHCエンジン4st単気筒250ccマシンを完成させ、これを同年のイタリアGPに走らせ、1周目からトップツーゴールで優勝を遂げました。当時、175ccからの展開で37bhp/11000rpm最高速度227kmhは驚異的なポテンシャルを持っていたといえるようです。
 1960年以降にさらに熟成されていくこの250cc単気筒マシンが世界最強のシングルと呼ばれて、またレース毎にその片鱗をみせていきます。
今回の製作モデルは
モリーニ250cc最初の優勝マシンにしました。
年末年始の計画段階で不明な部分が若干残っていましたが、何とか資料の裏付けもとれましたので製作をスタートさせました。今回工作プランを検討しますと相当ランダムな流れ(部品コンポーネンツ)になりそうです。従来の系統だった工作手順から少し変更して、出来た部分場面をあまり日数おかないで掲載を予定しています。
右の実車写真が製作予定のマシンですが資料段階で、すでに悲鳴を上げています。

 1月15日  簡単なものから手をつける 第1回

工作の事前課題

、タイヤの選択  プロターキットでは初期のモリーニ、ベネリ250、モンディアル、など58年から60年の初期に使用されて  いるエボンを模した275:18に相当するタイヤが数少ないのです。若干変形していて使ってなかった古いストックを何とか  活かそう。(前輪のトレッドの形状)幸いリムがきちんと歪みを補正してくれる。
2、タイヤがソリッドですから微妙な歪みが出かねません。それはC社製の36穴リムでカバーすればほぼ解決できる。
3、タンクマークのデカルはサイズ的にはほぼ同じ、手持ちのモリーニキットからコピーする。
4、キットの製作と同じ行程だから、ともかくすぐに出来るものは空いた時間で工作をしておく。
5、エンジン、タンク、フレームでは相当の時間が必要。カットアンドトライの連続が予想される。
6、ジャンクから転用できる素材を徹底的に活用しよう。全く同じ工作ならば材料と時間を節約。
                                   
 以上マニフエストばりに課題項目を整理して見ました。

プラ板の断片で先ずシート

写真左
少し途中が窪んだロングシートのため前以て2mm厚プラ素材で下ごしらえ

写真右
縁回しを貼り込んで仕上げ、500番のサフをかけて表面の調子を整える。
シートカウル
前に作ったモリーニは鈴鹿仕様で使っていなかった転用。幅、長さ、曲面も異なるので大幅加工して緩やかな窪みのフレームシート変えてみました。
(右)はクッションと組み合わせて、タンク留めの切り込みなど微調整します。実車にはシート表皮をとめる大きなリベットが無造作に打たれていますが、そこはもっと後でバランスよくと考えています。
左)
C社製のリムに問題のタイヤを装着して矯正?中です。
リムは光輝仕上げ済み。

(右)
クリップハンドル、接着剤だけでバーを付けるので早めの工作が必要です。バーの長さなどおよそでレバー類と合わせて修正します。
前輪回りから
やはりフロントFが組み上げる事が、次のフレーム、ステアリングヘッドににつながります。先ず前輪のブレーキ、ハブの図面から部品を加工しました。手法はいつもと同様ですが、冷却用空気ダクトが下に向いています。ハブも採寸に誤りがなければモリーニ62年より半インチ径が小さいようです。既存ジャンクパーツの転用は無理で、新たに全部工作する事になりました。しかし明らかに違う工作をしていると、後で大抵補修や改修をしているので安易な方向をとらない。(新年ですから良いことばかり言っています)


これからF・フォークステアリングヘッドと工作が続きます。
進捗状況を出来るだけ早く多い回数で掲載したいと思っています。(そんな約束守れるか?ドラクエ36LVもう直ぐ攻略、ガンバル)
 1月20日  フロントFまわり
上下ブラケット

(左)アッパーの工作は比較的に簡単にできました。
(右)アンダーはよく見ていくと、とても変わった形状です。
Sヘッドから下側に約30度くらい傾斜した丸いアームでフォークを支えるようになっています。ブラケットの支点が下に移っています。どのような狙いかは分かりません。
たとえ模型でもアームの付け根部分に大きい荷重がかかります。接着剤と芯材だけでは支えきれませんでした。
アーム軸側に穴明けをして埋め込んでいます。「簡単なものから作る」では最も時間がかかり、精度を要求されました。
Fフォーク

ボトムケースは5mmロッドで。インナーチューブは3・8mm径アルミパイプを、さらにブラケット取り付け穴に合わせて3mmアルミパイプを中に入れて2重構造にしています。
ラバーシールカバーも5mmプラロッドを加工、さらに5mmアルミパイプでボトムケース上部をまとめています。
競技ナンバープレート

これは簡単作業でした。従来、プレートの縁の型抜きの膨らみに08mmのロッドうぃ引き回して貼り付け、隙間部分にサフを吹き付けてそれらしく工作していました。
今回やっとPlastruchの半円の素材を入手できましたから早速使ってみました。08mm10本セットで使用頻度からみても若干割高です。(MRHー30)
今までの工作がかなり雑なところで妥協していたのが分かりました。

出来上がったプレート

モデルにしたマシンはノンカウル仕様です。
(左)
前面用です。写真では見え難いのですが透明の形ばかりの風防が付属しています。あまりにも工作が簡単だったので、久し振りにヒコーキのキャノピー作りに使った素材の余りで型出しをしました。
(右)
左右側面用です。(3枚とも未塗装です)
フエンダー

ジャンクボックスからモトクロッサーのフエンダーを見つけて必要なアール部分を貼り合せて、熱加工でタイヤ径に合わせました。裏側には03mmのプラ板で裏打ちをして瞬間接着剤で強引に固めています。
フエンダーステーは平板型ですから、フロントタイヤが出来て仮組してからの工作になります。
フレーム作りに

クランクケースも構造体の一部になるフレームで、この後に誕生する最強の250モリーニのフレームとほぼ同じ形式でクランクシャフトの位置も一致しているようです。先ず図面からクランクケースを挟み込む部分のフレームの一部から先に作業を始めました。
排気管を取り付ける余地などもあり、この先僅かですが完成までに修正が加わります。
実際はこのあと直線のタンクレール部分とスイングアームを追加するだけですから面倒な工作ではありません。何かジャンクで使えるものは無いかと、ひたすら楽な方向ばかり模索中です。


思ったように部品工作もなかなか進みません。次回はフレームを完成させたいと思います。
  
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